【書評】『思いがけず利他』中島岳志著・ミシマ社
「文七元結」
本書は落語の「文七元結(ぶんしちもつとい)」を題材にして利他とは何かを紐解いていく物語となっている
「文七元結」は明治中期に三遊亭圓朝が創作したもので、人情噺の代表作とされ、これを十分に演ずることができれば一人前の真打ちとして認めれる作品とのこと
物語の詳しい内容は本書に譲るとして、この物語は主人公が自分にとっての命と同じであるお金を何の見返りもなく見ず知らずの相手に与えてしまうもの物語で、最終的にはそのお金を渡したことによって幸せが訪れたという物語となっている
そして重要なことはこの主人公は必ずしも「根っからの善人」や「規範的な人間」ではなく、どうしようない人物として描かれているところだ
このどうしようもない主人公がなぜ、大事なお金を無条件に相手に渡してしまったのか、そしてなぜその行為の結果幸せが訪れるようになったのか
その謎を解いていく鍵の一つとして利他と利己の考察がある
利他と利己のパラドックス
一般的には利他と利己は反対語とみなされている
しかし、著者は反対語ではなく、メビウスの輪のようにつながっているものと考えている
“利他的なことを行っていても、動機づけが利己的であれば、「利己的」と見なされますし、逆に自分のために行っていたことが、自然と相手をケアすることにつながっていれば、それは「利他的」とみなされます。”
つまり、利他だとおもっていてもありがたくない利他もあり、利己だと思っていてもありがたい利他であることもあるということだ
これをどう考えるか、ポイントは「支配」と「沿うこと」になるが内容は本書で楽しんで欲しい
偶然と運命
今回ご紹介する本のタイトルは『思いがけず利他』である
思いがけずということから、そこには偶然性が含まれている
本書は「偶然性が必然性へと発展するところに運命が生まれる」、そしてその運命が「仏の本願」であり、「人間の救い」であると締めくくっていいる
ここまでお読みいただいてご理解いただけたかと思うが、本書の内容は非常に根源的な話となっており、時間をかけてゆっくり著者の話を自分自身で消化しながら読む必要がある本だ
非常に抽象的でわかりにくい、利他と利己の本質を落語の物語を題材にして、かみ砕いて誰にもわかるように丁寧に書かれている
非常に面白いので、読まれたことがない方は手にとってみて欲しい
“私は「今」の意味を、未来から贈与されるのです。そのためには「今」を精一杯、生きなければなりません。偶然の邂逅(かいこう)に驚き、その偶然を受け止め、未来に投企していく。その無限の連続性が、私たちが生きていることそのものであり、世界の有機的な連環を生みだす起点なのです”